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徳島地方裁判所 昭和29年(ワ)338号 判決

原告 水口米吉

被告 国

訴訟代理人 越智伝 外一名

理由

原告が昭和二十四年四月その所有に係る機帆船第三洋興丸を訴外楊有明に賃貸したこと、門司税関大蔵事務官森学は同年六月十一日柳井町警察署において第三洋興丸を差押え管理保管中同年六月二十一日デラ台風に際し、大破沈没し機関一基及び船体の一部を残存するのみとなつたこと、山口地方裁判所岩国支部裁判官藤崎峻は、同二十六年一月十七日訴外久米明に対する関税法違反並に貿易等臨時措置令違反被告事件の判決において税関の差押に係る第三洋興丸を没収する旨の没収の言渡をなし、該判決が確定したことは当事者間に争なく、藤崎裁判官が同二十五年十二月二十二日久米明の共犯たる佐藤千之助外四名に対する関税法違反貿易等臨時措置令違反被告事件の判決において第三洋興丸の没収を言渡し、該判決が確定したこと、山口地方検察庁岩国支部検事池田修一は右二箇の判決に基き両者の本件船舶に対する没収の執行として残存機関一基及び船舶の一部を売却処分したことは原告の明かに争わないところである。よつて先ず前記判決に原告主張の如き違法の点があつたか否かについて判断するに、一、原告は右判決言渡当時第三洋興丸はすでに滅失していたのに拘らず、船舶の没収を言渡したことは違法であると主張するけれども、関税法第八十三条にいわゆる犯罪行為の用に供した船舶とは、船体機関等により構成せられる全一体としての船舶のみならず、その主要構成部分たる機関、船体の一部が存在する限り、船舶の一部たるその部分をも指称するものと解するを相当とすべく本件において機関及び船体の一部が残存していたのであるからこれを没収する趣旨において第三洋興丸を没収すると判示した前記判決に違法はない。二、右判決が犯罪の関係のない原告所有に係る船舶を没収したのは違法であるのみならず、本件船舶の占有に関係の深い楊有明は不起訴となつていると主張するけれども、関税法第八十三条は刑法第十九条及び同法第十九条の二の特別規定であり、同法所定の犯罪行為の用に供した船舶は、それが犯人の所有でなく、占有に係るに過ぎない場合においても、犯人の占有が所有者の意思に基いて取得したものである限り、裁判所はこれを没収すべきものと解すべく、ここにいわゆる犯人とは現に訴追を受けて被告人たる者に限らず、その共犯にして訴追を受けざるものをも指称するものとする。

原告はその意思に基き本件船舶を楊有明に賃貸したのであるから右船舶に対する賃借人としての楊の占有が原告の意思に基いて取得せられたものというべく、成立に争ない乙第一、二号証の各一、二を綜合すれば前示関税法違反貿易等臨時措置令違反事件の被告人佐藤千之助、同人は船長として本件船舶に乗組んでいた)外四名、及び久米明は右楊有明等と共謀の上判示犯行に及んだものであることが認められるから、本件船舶に対する犯人の占有は所有者たる原告の意思に基いて取得せられたものというべく、仮令共犯の楊有明が不起訴になつていても、藤崎裁判官が関税法第八十三条を適用して差押に係る第三洋興丸を没収したことに違法を来すものではない。なお右判決はすでに確定しているのであるから、その認定事実を論難するかの如き主張は許されない。次に山口地方検察庁岩国支部検事池田修一が第三洋興丸の機関一基及び船体の一部を売却処分したことは違法ではない。すでに説示のとおり、前記判決は船体の一部たる機関一基及び船体の一部を没収する趣旨にて第三洋興丸を没収すると判示したものと解すべく、該判決の執行としてこれを売却処分することは検察官の適法な判決執行行為である。又刑事訴訟法第四百九十七条による没収物の交付請求は関税法第八十三条による占有没収の場合には許されないものと解する。蓋し、没収は原則としてその物が犯人に属する場合に限りこれをなし得るのであるから一旦没収した後に第三者が所有者その他の権利者であるとして申出たときは、原則として還付しなければならない。これ刑事訴訟法第四百九十七条の存する所以である。しかしながら、いわゆる占有没収の場合にはその物が犯人の所有に属することを要しないのであるから、右没収は本来犯人にあらざる所有者が執行を受けることを前提としているのである。かかる場合にも所有者が没収物の交付を請求し得るとなす如きは全く無意義であるから所有者に交付請求をなす機会を与うる必要もなく、没収の事実を所有者に通知すべきものとする法律上の根拠もない。

以上の次第であるから、本件船舶没収の判決は適法であり該判決の執行として機関一基及び船体の一部を売却処分したことに違法はないと解するから、原告がこれにより船舶所有権を喪失したとしても国家に対してその賠償を請求し得べき筋合でない。よつてその余の判断をまつまでもなく原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川豪 宮崎福二 村上博己)

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